2006年03月30日

アニメ『かしまし〜ガール・ミーツ・ガール〜』について


テレビ東京 3/29放送
『かしまし〜ガール・ミーツ・ガール〜』(公式サイト
第12話

えー入れ替わり作品ではないのですが、久しぶりに王道TSFだった『かしまし』のアニメ版が 完結したので(正確にはもう1話あるけど)その感想など。はっきり言ってしまうと残念な作品だった。 それはこの作品が特徴として売り出しているはずの性転換という要素がまるで 活かされていないから。

この作品が使用しているキャッチコピーに「女の子になっても、僕は彼女が好きです。」というものが ある。これははずむが発している台詞なのだが、実際のところははずむ以外の人物が 「(はずむが)女の子になっても、はずむのことが好きです。」とした方が合っている。 何故ならはずむ自身は女の子になってしまったことに、とまどいも悩みも抱かずその ことをあっさり受け入れてしまっているからだ。またはずむが愛すべき人と同じ性別に なったということは恋愛自体がタブー視されるはずなのに それは俎上に載せられることがない。

やす菜ははずむが女の子になったことで初めて救われたのだ、という見方もあるが 元々はずむはやす菜にとって唯一見ることの出来る男性だったわけで、女の子で なければいけないという必然性がない。全体を見返しても別にはずむがずっと 男性だったとしても話を成り立たせることは可能だろう。性転換という他と一線を画す要素 を設定したのに、関係が女の子同士になっただけの恋愛アニメという枠に作品を 矮小化させてしまった。

かしまし公式ファンブック [Amazon] の あかほりさとるのインタビューによると最初から 描きたかったのは「純愛」であり、他と差別化するためにTSF要素は使うけどTSFの 本質部分はバッサリ切り捨てたとある。アホか。「純愛」こそ昨今の漫画・ ゲームに溢れかえってる話で、それこそみんな食傷気味なのに。普通に考えて 男の子が女の子になったけどそこは別に問題ではないですっていうのはおかしいでしょうよ。

あかほりという人は結局いつもこうだ。TSFをネタの一つ以上の視点で見ることが 出来ない。いやネタはネタとして使う分にはそれでもいいのだけど、今回のように 性転換という事象がおきたならば当然起きるであろう展開を正面から 描けるだけの設定を用意した作品でもネタ以上の描写をすることが出来ない。 今までの作品と差別化したというが、オタク向けの商業市場で純粋TSFを メインテーマに据えて名を成した作品なんてほとんどないのに。

そんな中良かったのは男友達の明日太やはずむの父親。はずむが女の子になったということに 清く正しく翻弄されていたかと(笑)思われる。明日太視点で話が進む第7話「みんなで海へ」など は必見。親友が女の子になったことに真剣に葛藤にして、親友に対して恋愛感情を覚えてしまうこと にとまどいを隠せない明日太の描写は秀逸。これなんか性転換という設定がなければ 出来ない話でしょうに。どうしてこの方面で話を伸ばせなかったのか、と惜しまれて仕方ない。



posted by クロエ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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