2021年10月12日

アフターものの一つの到達点!『君の顔では泣けない』


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小説 『君の顔では泣けない』(著者:君嶋彼方
2021年9/24発売 [Amazon]:紙本 電書

公式のあらすじから
高校1年の坂平陸は、プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまう。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決めた陸だったが、“坂平陸”としてそつなく生きるまなみとは異なり、うまく“水村まなみ”になりきれず戸惑ううちに時が流れていく。
もう元には戻れないのだろうか。男として生きることを諦め、新たな人生を歩み出すべきか――。迷いを抱えながら、陸は高校卒業と上京、結婚、出産と、水村まなみとして人生の転機を経験していくことになる。

入れ替わり好き的にはとても気になっていた書籍を読ませていただきました。
ストーリーはほぼあらすじ通りではありますが、以下の感想はネタバレありですので気になさる方は気をつけてください。


アフターもの

本作は多くの入れ替わり作品の中でも特に自分が「アフターもの」と呼んでいるタイプの物語になります。
ほとんどの入れ替わりを扱った作品では「入れ替わり」という状態は一時のハプニングでありそれが解消することによって物語としても解決となる構造をしています。しかし入れ替わり作品を見ていて「もしこの入れ替わりが元に戻らないまま話が進んでしまったらどうなるのだろう?」と思ったことはないでしょうか。
それが「入れ替わった状態のその後=アフター」を描いた作品ということです。

特徴としてはお互いが今までの人生を捨てて新しく別人の人生を歩まざるを得なくなってしまうこと、入れ替わった状態で過ごした時間が長くなってしまいその状態での新たな人間関係が構築されてしまっていて、もし戻れるチャンスがあったとしても今更戻りたいだろうか、といった葛藤が生まれるなどがあります。 入れ替わり作品はその非現実的で漫画的なテーマからドタバタコメディで扱われることが多いわけですが(もちろんそっちも大好きですが)アフターものはこれまでの入れ替わりものではあまり描かれない悲劇性を含む深い心情を描くことになります。

アフターものは扱った作品は本作が最初というわけではなく、個人的にオススメ出来る作品として『思春期ビターチェンジ』『君の足跡はバラ色』といった作品があります。

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どちらも非常に味わい深い作品になっていますので機会がありましたら是非。
他には短編でレア度がちょい高めですが『僕が行方不明…』『さくさく』という作品もあります。

こういった状況の中で、本作『君の顔では泣けない』はそのアフターものを徹底的に掘り下げる作品になっているのです。


リアリティ

自分は入れ替わり作品を色々読んでいると「もし現実に入れ替わりという現象が起きたら」というリアルシミュレーションを自分なりにすることがあります。そうすると自分では真面目に考えすぎてしまって物語として面白く出来ないということがありました。しかし本作ではその描き方が絶妙なんですよ。

水村まなみになってしまった坂平陸はまなみとしてうまく振る舞うことが出来なくてまなみが付き合っていた彼氏とも別れてしまうし、まなみの友達の笹垣と高見とも疎遠になってしまう。でも周りは「最近あいつなんとなく変わったな」くらいにしか思わないわけです。
別に2人ともお互いうまく演じられていたわけではないけどそこで周りも「あいつら入れ替わったのではないか?」みたいな突飛な発想にはいかない。入れ替わりがなくてもこういった人間関係の変化はあるものだし、周りもその程度の変化にしか思わない。

このリアリティの描き方は凄くしっくり来たんですよね。入れ替わりが現実に起きても案外そんなものではないか、という感覚が個人的にあるんですがそこに上手くハマった感じです。

また陸は化粧も出来るようになって女性としての着こなしも出来るようになるけど、それは心まで女性になってしまったということではない。まなみと再会すると一人称は「俺」になり本当の自分を出すことが出来る。人間としての適応力とその個人の本質とはまた別であると。ここのバランス感覚の良さは本当に素晴らしいです。


相手を思うからこそ

陸はいつか元に戻った時のためにまなみとして、一人の女性として立派に過ごそうとするんですがこれ自分はすごく好きな感情なんですよね。入れ替わりものって2人以上の人間が関わることが絶対の話であって自分一人だけどうにかする話じゃない。大変なのは自分だけじゃない、と相手を思いやろうとする。ただその優しさはこの状況においては呪いのように自分を縛っていく。
この点ではまなみの方がむしろそこをわかっていて「自分の好きなように生きていい」というのだけどそこはそう簡単に割り切れない。

アフターものの特徴として「どの段階で元に戻ることを諦めて相手として生きていくか」を決断するか、というものもあります。
相手の人生を奪った罪悪感を抱きながらもいつか元に戻るならと未練たらしく引きずって生きてしまう。この部分をきちんと重要な要素としても描いている。

そして本作の良いところとしてあくまで心情はまなみになった陸のものしか描かれないというところ。陸になったまなみの心情は描かれてない。これは筆者が男性ということもあるんでしょうが筆者のインタビューを読む限り意識してそうなっていてそこで決して背伸びはしていないところは凄く好印象でした。


男性を受け入れる心理

陸はまなみとして男性と関係を持つことになるわけです。これまで男として生きてきて男性とそういう関係になることを受け入れられるものなんだろうか、という感覚は自分にはあるわけですが、この部分も凄く腑に落ちる形になってました。
入れ替わる前からの友人だった田崎と最初にそういうことになるんですが、心の距離が近いこととその愛を受け入れられる心理が出来ているからこその状態。それ以前に男性に暴力的に扱われたことがあってその時と比較してもイヤでない心理が上手く描かれてます。

自分はこの部分結構驚きました。この部分ってこのシチュエーションを考えぬいてないとこういう心理に到達しないと思うんですよ。他作品でも女性の体になった男性がこうなることはあるんですけどここまで深く考えられてはいないと感じます。男性である筆者がこの境地を描いたのが本当に凄いですね。

また逆の存在である陸になったまなみは陸にとって恋愛対象ではない、という部分も前から想いがあったならともかくこれまで接点がない2人が入れ替わったならそれはわかる気がするんですよね。個人的にはどちらでもありといえばありなんですが、本作は恋愛対象でない場合を突き詰めた話になっていてこれはこれでいいものです。


まとめ

筆者がインタビューでも言ってましたが「入れ替わった事を深く掘り下げてる作品は実はそんなにないんじゃないか」というのはまさしくその通りなんです。

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王様のブランチ 2021年10月9日放送分より

入れ替わり作品はそのテーマを採用することを指してありがちだと言及されがちですが、まだまだ全然追求がされきってないテーマだと多くの入れ替わり作品を見てきた自分は強く言いたいです。そして本作はアフターものというアイデアだけに留まらずきちんとそこで描かれる心情をきっちり掘り下げてみせた。本作は入れ替わり作品のある種の到達点であり入れ替わりを文学に昇華させた作品であるように思います。

とても良い作品でした。深く入れ替わり作品を味わいたい方は是非読んでほしいと思います。オススメです。





posted by クロエ at 20:00| Comment(1) | 小説作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても良い本だったし、クロエさんの感想もとても同感できるものでした。入れ替わりは実はまだまだ調理しがいのあるものなんですね。
Posted by よしよし at 2021年10月13日 17:07
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